第3章さあパートナー さあ独立(座談会 平成28年6月)

吉田 健詞郎(左) 東弁 66期/桜井 康統(中央・司会) 二弁  66期/宮本 理史(右) 東弁 67期

独立に必要な準備と心構えとは?

桜井:先生方の今の事務所の形態はどのようなものですか?

飯嶋:私は弁護士になって10年と少しになりますが、弁護士になった当初に入った事務所に、現在も勤務しています。4年くらい前に事務所内パートナーという形で、ある程度独り立ちということになりました。昨年の4月からは自分が雇用主という立場で事務職員を1名雇用しています。

畠山:私は今年の4月に、以前勤務弁護士をしていた事務所から独立して、事務所を開業しました。事務所は、もう一人の弁護士と共同経営という形でやっています。事務員等の雇用はまだしていないという状況です。

桜井:私は3年目の弁護士です。いずれはパートナーとして事務所の経営をしていかなければなりませんが、まだまだ不安のほうが大きいですし、それ以前に今は目の前の仕事をこなすのに必死で、当分独立などは出来そうもありません。パートナーなり独立なりといったステージへ具体的に進むには、どのようなきっかけがありましたか?

飯嶋:私の場合は、元々勤務弁護士をやっていた事務所で、3年でパートナーになることを目指しなさいと言われていました。しかしまだ自信がなかったため、そのままずるずる2年ぐらいは勤務弁護士を続けていました。5年ぐらいたったところで、いいかげんパートナーになるようにという話を、いよいよ事務所側からされてしまいました。なので、自分でやりたくてというよりは、むしろ事務所の中の決まりでパートナーにさせてもらえたという感じです。内心はもう少し勤務弁護士で楽をしたいと思っていたのですが(笑)。

桜井:パートナーになるということは、ご自身で売上を立てて事務所にお金を入れることになるのだと思いますが、不安はありませんでしたか?

飯嶋:もちろん不安でした。ただ、私の所属している事務所では、いわゆる個人事件の収入を事務所に入れなくていいという状況でした。そのような仕事が増えてきた時期だったので、事務所側にも「やれる」と判断されたのだと思います。

桜井:収入は毎月変動するような状態になると思うのですが、イソ弁のときよりも収入が目減りするような時期もあったのでしょうか。

飯嶋:やはり波は相当に大きくなったので、大変だなと正直思いました。ただ、元々自分を雇ってくれていたボス弁から事件を与えてもらい、それを共同受任のような形でやらせてもらったりといった配慮もしていただいていたので、年間のトータルでいえば、大きく減るということはなかったと思います。

畠山:私は、元々勤務していた事務所でイソ弁として固定のお給料をいただいていましたが、年数がたつにつれ、パートナーになるのか独立して自分でやるのかを、そろそろ決めなければと考えていました。独立することにした最大のきっかけは、第1子が生まれたことです。ワーク・ライフ・バランスを維持することを考えたときに、自宅に近い場所で事務所を構えるのが一番融通が利くと思いまして、それがきっかけになりました。収入に関しては、私の場合は完全に以前いた事務所から独立をしましたので、自分で事件を取ってきて、自分で収入を得るという形になっています。4月に独立したばかりですが、当然波がある状況で、大変だと思いながらやっています。

桜井:畠山先生の共同経営者は奥さまだと伺いましたが…。

畠山:実はそうなのです。お互い人となりがわかっていますので信頼できますし、子供や家庭のことなども融通が利きます。事務所の経営状況を妻にいちいち話さなくてすむというのもメリットですね。

桜井:独立の前から何か準備といいますか、例えば顧客の開拓のようなことはされていたのでしょうか。

畠山:パートナーになるにせよ、独立するにせよ、一定程度貯蓄がないと、とは思っていましたので、貯蓄はしていました。仕事面ではいろいろな方とお付き合いをさせていただいたり、弁護士会の会務や派閥の活動にも参加させていただき、多くの方とお会いする機会を増やそうとは努めていました。ただ、いわゆる営業活動というようなことはあまりしていません。事務関係では請求書をどう出しているか、源泉徴収とは何だという話などを事務局さんに全部教えていただき、ひととおり概要を把握しておきました。しかし結局最後は、何とかなるだろうという見切り発車の部分も多分にあったと思います。

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